「海外事業がなかなか立ち上がらない」「買収した海外子会社を、本社がうまく管理できていない」――経営層や経営企画の方からこうしたご相談をいただくとき、突き詰めていくと行き着く原因のひとつが、グローバル人材がいないという、ごくシンプルな事実です。
多くの企業では、この問題は「採用がうまくいかない」という人事部門の課題として扱われがちです。しかし実際には、グローバル人材の不在は、海外事業の成否や、既存子会社のガバナンスそのものを左右する、経営課題です。本記事では、グローバル人材がいないとどのような経営リスクにつながるのか、その原因と、企業が取るべき打ち手を解説します。
1. 「グローバル人材がいない」と、何が起きるか
グローバル人材が不在のまま海外展開を進めると、起きることは大きく2つです。
ひとつは、海外事業そのものが発展しないことです。現地の商習慣や規制を理解し、本社と現地の間に立って意思決定を進められる人材がいなければ、事業計画は絵に描いた餅になります。もうひとつは、既存の海外子会社を管理しきれなくなることです。買収や設立から時間が経つほど、本社側の目が届きにくくなり、現地任せの経営が続いた結果、業績や内部統制の実態が本社に正しく伝わらなくなるケースは少なくありません。
記憶に新しいところでは、2026年に入り、ある大手広告代理店グループが、海外成長戦略の柱として買収を重ねてきた海外事業において過去最大規模の減損損失を計上し、海外事業そのものの売却を検討せざるを得ない事態に至ったと報じられました。企業名はあえて伏せますが、ビジネスニュースを追っている方であれば、ピンとくる方も多いのではないでしょうか。買収自体は経営判断として間違っていなかったとしても、買収後にその事業を経営し、統制できるグローバル人材が本社側に十分でなければ、立派な成長戦略も看板倒れに終わってしまいます。
ここまで大きな話でなくとも、同じ構造の問題は、特に次の2つのタイミングで静かに進行しがちです。ひとつは海外拠点の立ち上げから2〜3年目。当初は本社から送り込んだキーパーソンが現地を見ていても、その人材が異動・退職した後の後任が育っておらず、徐々に現地任せになっていくケースです。もうひとつはM&A直後。買収交渉やデューデリジェンスには経営陣やアドバイザーが深く関与する一方、買収後にその子会社を実際にマネジメントする人材の手当ては後回しにされがちで、気づいた頃には統制が利かなくなっているということが起こります。
2. なぜ、グローバル人材が育たず、採用もできないのか
グローバル人材がいないという状態は、単に「市場に人がいない」から起きているとは限りません。実際にご相談いただく企業を拝見すると、原因は社内の2か所に分かれています。
2-1. 原因A:社内でグローバル人材を育成できていない
よくある状態
– 「英語ができる人」を選抜はするが、海外拠点との折衝や意思決定を任せる育成機会がない
– 海外出向・海外プロジェクトへのアサインが一部の社員に偏り、母集団が広がらない
– 若手のうちに海外経験を積ませる仕組みがなく、グローバル人材が育つ頃には他のポジションに就いている
– 海外子会社の経営は「現地に任せておけば回る」という前提で、本社側が意図的に関与を薄くしてしまっている
見直しのポイント
語学力の育成と、海外拠点をマネジメントする経験の育成は、まったく別物です。後者は実際に権限と責任を持たせる経験を通じてしか身につかないため、「誰を、いつ、どの拠点に、どの権限で送り込むか」を計画的に設計する必要があります。
2-2. 原因B:中途採用でも獲得できない
よくある状態
– 求人票が「ビジネスレベルの英語力」といった語学要件にとどまり、「誰と、何語で、何を判断するポジションなのか」が伝わらない
– 面接がすべて日本語で完結し、実際の業務で使う英語力や、海外拠点との折衝スタイルを確認する機会がない
– 選考スピードが遅く、複数社から並行してオファーを受けているグローバル人材に、他社で決められてしまう
– オファー面談が条件通知だけで終わり、入社後の役割やキャリアパスが語られないまま辞退につながる
– バイリンガル・外資系人材のコミュニティは広くないため、一件一件の採用体験の悪さが、中長期的な母集団の厚みにまで影響している
見直しのポイント
「グローバル人材募集」という抽象的な言葉ではなく、その人材にどんな意思決定・調整・提案を期待するのかを求人票の段階で言語化すること、そして意思決定のスピードそのものを競争力として設計し直すことが出発点になります。
3. 対応:採用と育成、両輪での原因解消
育成(原因A)と中途採用(原因B)は、別々の課題のように見えて、実は裏表の関係にあります。社内育成だけでは、海外展開のスピードに人材供給が追いつきません。一方で、中途採用だけに頼ると、自社の事業や意思決定プロセスを理解しないまま権限を渡すことになり、定着しづらくなります。
現実的な打ち手としては、中核となるポジションは外部から採用しつつ、その人材が社内の次世代グローバル人材を育てる役割も担う、という設計が有効です。採用した人材を「即戦力の穴埋め」としてだけ扱うのではなく、育成の仕組みそのものを立ち上げる役割として位置づけることで、採用1人分の投資が、組織全体のグローバル対応力の底上げにつながります。
要件定義をやり直す際は、「誰と/何語で/どんな頻度でコミュニケーションを取るポジションか」「そのコミュニケーションを通じて、どんな意思決定・提案・調整を期待するか」「入社後1年で、どのような役割の広がりを想定しているか」という3つの視点で棚卸しをしてみることをおすすめします。
4. グローバル人材基盤は、採用だけでは完成しない
ここまで採用・育成それぞれの打ち手を見てきましたが、根本的には、グローバル人材がいないという状態は、採用部門だけで解決できる問題ではありません。
どの事業を、どの国で、どのスピードで拡大するのか。既存の海外子会社に、どこまでの権限と監督体制を持たせるのか。こうした経営の意思決定が曖昧なまま採用だけを進めても、「とりあえず英語ができる人を採用した」という状態から抜け出せず、冒頭で触れたような、海外子会社の統制不全という結果を招きかねません。
グローバル人材の不在は、人事課題である以前に、海外事業の成長戦略とガバナンス設計そのものの課題として捉え直す必要があります。
5. 採用した人材を、孤立させない設計も欠かせない
苦労してグローバル人材を採用できても、その後の定着でつまずくケースも少なくありません。採用時に語られていた「グローバルな役割」が、入社してみると実質的に翻訳・通訳業務に近い扱いになってしまい、モチベーションの低下や早期の転職につながる――これは、グローバル人材採用でよく見られる失敗パターンです。
背景には、採用した本人以外に社内で海外業務を理解できる人がおらず、孤立した状態で判断を迫られ続けるという構造的な問題があります。採用時点で明確にしていた役割・裁量と、入社後に実際に渡される権限・サポート体制を一致させておくこと、そして原因Aで触れた社内育成と掛け合わせ、採用した人材の周囲に次世代人材を配置していくことが、定着と組織力強化の両方につながります。
まとめ・結論
グローバル人材がいないという状態を放置すると、海外事業が育たないだけでなく、既存の海外子会社のガバナンスそのものが揺らぎかねません。背景には、社内育成の仕組みがないこと、中途採用の要件や選考プロセスが実態と合っていないこと、そして採用後の定着設計が手薄であることという、企業側で見直せる原因が多く見られます。
まずは自社の海外展開において、「誰が、どの意思決定を担っているのか」「その人材は、今後どう育成・補充していくのか」を棚卸しすることから始めてみてください。特に海外拠点の立ち上げ後2〜3年目や、M&A直後のタイミングは、見直しの好機です。
私たちGlobal Career Incubator(GCI)では、グローバル人材の採用支援にとどまらず、海外子会社のガバナンス強化を含む経営・組織・人材課題について幅広くご支援しています。グローバル人材基盤の構築にお悩みの場合は、お気軽にご相談ください。
おすすめ記事
執筆者
株式会社Global Career Incubator 代表取締役CEO 井川真一
略歴:防衛省勤務(国家I種)およびオーストラリア国防省勤務を経てビジネスの世界へ。 不動産大手経験後、不動産ベンチャー立ち上げや国内ファンド・国内事業会社・海外テック企業での経営および採用を経験したのち、当社創業。
企業経営・採用責任者としての経験をもとに、企業の経営・組織・採用・育成と、個人のキャリア選択・能力発揮を支援。日本と世界の接点で、企業と個人それぞれの課題に向き合っています。
